「頭が教えて
くれないことを、
手が教えてくれる」
副院長
RITRATTO 副院長のこと
副院長に、
二十五の質問
大江橋クリニックで、美肌育成レーザーを担当している副院長は、皮膚科の医師です。診察室のこと、レーザーのこと、そして、服や本や季節のこと。二十五の質問に、答えてもらいました。
CARTA 名刺のかわりに
| 自称 | 職人 |
| 間合い | というものを、まるで持たない |
| 集め方 | 気に入ったら、上から下まで全部。そして、使ってみる |
| 髪 | 短めのフレンチボブ。こだわりはなく、おまかせ |
| 装い | 一度ばらして縫い直したような服、絵を描くようにつくられた服。日本のつくり手の服も、パリの、肩の力の抜けた服も。値札ではなく、形と、つくった人の考え方で選ぶ |
| 針と糸 | 勤務医のころ、ワンピースも、その下のパニエも、自分で縫っていた。ミシンではなく、手縫いで |
| 事務所 | 本だらけ。東アジアの歴史と文化、顔の文化、書簡集まで、多岐にわたる |
| 診察室 | カッシーナを選んだのは、彼女 |
| 座右 | 伝統は、守るものではない |
I MANO
手
Q.01何をしている人ですか。
「職人です。手順書を読んでから動くのではなくて、体が先に動きます。照射の途中で肌の様子が変わったら、その場で次の手を打つ。考えてから動くのではなく、動きながら見ています。」
Q.02手で考える、とはどういうことですか。
「危ない場面が来ると、頭より先に、手が止まるんです。頭が命令しているのかもしれません。でも、頭が教えてくれないことを、手が教えてくれる。そう思っています。」
Q.03レーザーが、ずいぶんたくさんありますね。
「気に入ったら、上から下まで全部集めて、使ってみる性分なんです。使ってみるのが、いちばん大事だから。まず一台買って、患者さんが増えたらもう一台、と助言されていたのに、気づいたらあれこれ揃えていました。もう作られなくなる時代が、すぐそこまで来ていたので。」
Q.04もう作られていないレーザーを、なぜ手入れし続けるのですか。
「作られなくなると知ったとき、その光を自分の手に移しておこうと決めました。もう手の中に入った、と思えるところまで照射を重ねて。それでも、見返したくなるんです。役目を終えたら、最後は自分で分解します。開発した人が何を考えていたのか、そこまでしないと見えないので。」
Q.05その機械から、何を学びましたか。
「たくさんのことを、勉強させてもらいました。保守に来てくださる方が、とてもいい人で、機械の中のことを、いろいろ教えてくれました。」
手を通したものだけが、
本当にわかる。
II VOLTO
顔
Q.06いまの美肌育成レーザーは、どこから始まったのですか。
「勤務医のころ、京都の病院にいました。京都で働いた時間は、長くはありません。でも、そのあいだにできることは、やり尽くしました。京都の方の肌に合うレーザーを、とことん追いかけたんです。執念を燃やした、と言ってもいいくらい。そのころ東京で形になりつつあった美肌のレーザーとは、別の道を探していました。それが、いまの美肌育成レーザーにつながっています。」
Q.07照射が終わったとき、何を考えていますか。
「もう、次の照射のことを考えています。顔を通して、十年後を見ているんです。よく、女優さんの何十年前と今の顔を並べた映像がありますよね。照射しながら、あれが頭に浮かぶんです。この方の顔は、十年後にどうなっているだろう、と。」
Q.08診察室で、欠かせないものは。
「覚悟です。毎日が、自分の心との闘いなんです。一発目の照射は、考えに考えたあとでも、やっぱり怖い。大丈夫かな、と思う。でも、絶対に大丈夫。院長と、きちんと予習と復習をしてきたんだから。患者様お一人お一人の治療の前と後には、必ず二人で予習と復習をしています。毎日が、冒険の連続です。そして、始まったら? もちろん、晴れ晴れと立ち向かいます。」
毎日が、
冒険の連続。
Q.09患者さんの、どこを見ていますか。
「顔には、その人が過ごしてきた時間が出ます。眉の寄せ方、口元の癖、肌の疲れ方、言葉の選び方。見ようとしなくても、見えてしまうんです。」
Q.10人の顔は、いつから見ていたのですか。
「若いころから、いろいろな方の顔が見たくて、よく出かけました。医師の肩書きのいらない面接も、よく受けに行きました。面接を受けると、自分の弱いところがよくわかる。でも、相手の弱いところも、よくわかるんです。それに、肩書きと顔が、ぴたりと一致する。肩書きがこういう人は、こういう顔をしている。そんなパターンを、たくさん見てきました。顔の写真集も、ずいぶん集めました。片岡球子の『面構』も好きです。会ったこともない歴史上の人物なのに、その人がどんな人だったのか、手に取るようにわかる。顔には、中身が出るんです。顔を見ること、顔をつくることに、ずっと心を惹かれてきたのだと思います。いまでも、つい、人の顔をじっと見つめてしまいます。」
Q.11顔とは、何だと思いますか。
「その人となりを表すものです。勢いのいい人は、勢いのいい顔になる。しょぼくれた顔をしていると、人は自然と、しょぼくれていってしまう。でも、その反対もあるんです。人生の姿勢が顔に現れるのなら、顔が人生の勢いを左右したっていい。そう思ったんです。」
顔が、人生の勢いを
左右したっていい。
III PAROLA
言葉
Q.12弱みは、隠したいものではありませんか。
「弱みは、悪いものとは限りません。夏目漱石の『吾輩は猫である』の書き出しは、『吾輩は猫である。名前はまだ無い。』です。猫という呼び名は、人間が勝手につけて、そのカテゴリーに入れているだけ。猫のほうは、自分を猫だなんて思っていないかもしれない。人間の側に立ってあげて、そう呼ぶなら猫と名乗りましょう、と思っているだけ。猫のほうが、よほど優しい心遣いをしているのかもしれません。弱みも同じです。隠さずに、とことんマストに釘付けにする。そうすると、弱みが強みになるかもしれない。反対に、弱みは弱みのままで、強みをいっそう引き立てる演出になるのかもしれない。星は、夜空が暗ければ暗いほど、輝くのですから。物事を、一つの見方だけでとらえてはいけない、ということです。弱みを、治さなければいけないこともあるかもしれない。治さなくていいこともあるかもしれない。それを見極めるのが、人を見極めるということ。それが、診察です。ご本人から見た自分をきれいにすることも、大事。でも、ほかの人から見てきれいだと思える方へ仕立てるのも、診察なんです。そして、その診察を深めてくれるのが、お話しです。ですから、どうぞお話しください。」
弱みは、強み。
星は、夜空が暗いほど輝く。
Q.13診察室では、どんな話をしますか。
「肌の話から始まって、気づいたら人生の話になっていることが、よくあります。照射のあいだの一時間、ずっとそばにいますから。」
Q.14照射のあいだ、なぜそんなに話をするのですか。
「ご自分のことを語っていただかなければ、その方に合う治療は組み立てられません。だから、照射のあいだに、たくさん話していただきます。毎月お越しいただくのにも、意味があるんです。子どもには中間テストも小テストもあるけれど、大人には区切りがあまりない。一か月は、長い時間です。そのあいだにあった出来事を、ご自身がどう思ったかも含めて、話していただく。その方となりを見せていただかないと、その方に合う一回にはならないんです。」
ご自分を語っていただかなければ、
あなたを仕立てることはできません。
IV SPAZIO
空間と、人
Q.15カッシーナは、誰が選んだのですか。
「私です。長く座っても疲れなくて、何十年使っても形がくずれないから。漆器や切子も、ずいぶん集めました。でも、使わないものは、潔く手放しました。使ってこそ、ですから。」
Q.16いまのクリニックをつくるとき、何をしていたのですか。
「いまの場所は、三度目の移転です。施工のことを勉強するうちに、図面を見るだけで、頭の中で三次元に立ち上げて、その中を歩けるようになりました。設計をお願いした山下先生のおかげです。工事のあいだは、職人さんの仕事を、ずっと見ていました。塗りの職人さんに、一人前になるには何年かかるのか、聞いたことがあります。塗るだけなら数年でできる。でも、この色を塗るとこうなる、とわかるまでに十年かかる。そう言われて、納得しました。何十年もその仕事をしてきた方で、塗ったかどうかわからないくらい、きれいに仕上げてくださいました。用意したペンキの色と、扉の桟の色が、ほんのわずかに違っていたんです。私は、言われるまでまったく気づきませんでした。手間がかかるのに、こうしたほうがいい、と言って、そこだけ塗り直してくださった。費用は変わらないのに、です。プロの目は、すごいと思いました。その方とは、いまもお付き合いが続いています。こういう気持ちのいい方とは、これからもずっと、つながっていきたい。私からは、手荒れのアドバイスをしました。職人さんにとって、手は何より大切なものですから。ずっと仕事を続けてほしい方の、お一人です。」
わかるまでに、
十年かかる。
Q.17髪は、どうしているのですか。
「こだわりは、ないんです。いまお願いしているのは、山伏もされている美容師さん。勘所のいい方なので、お願いしています。私が行ったことのない場所の話をしてくださるので、とても楽しくて。髪を切るあいだ、ずっと話しています。髪の話は、ほとんどしません。ヘアスタイルも、もうおまかせ。もちろん、山伏の髪型にはなっていませんけれど。話は尽きません。私に合わせることなく、新しい見方をくれる人です。私も、自分を知ってほしい。自分をつくってもらう相手ですから、どんどんさらけ出します。そうしたら、もっといい私をつくってくれるようになりました。この人、と思ったら、おまかせしてしまうんです。人と人ですから。人と人のつながりを、大事にしています。髪を整えてもらいながら、人生も整えてもらっているのかもしれませんね。この方とも、きっと生涯のお付き合いになる気がします。」
V VITA
暮らし
Q.18服は、どうやって選びますか。
「服は、よくばらしました。ばらして、もう一度組み立てる。老舗のメゾンの古いコレクションも、ばらして自分用に作り替えました。名のあるものでも、遠慮はしません。勤務医のころは、ワンピースを自分で縫っていました。もちろん手縫いです。ミシンより、手縫い派。小回りがきくし、ミシンはどうしても上糸と下糸で縫うので、味気ないんです。縫い上げてみたら何か物足りなくて、下に着るパニエも作りました。さすがに仕事中は白衣の時代ですから、ふくらみすぎて、パニエは脱いでいましたけれど。皮膚科の医局には、おしゃれな先生が多かったんです。手縫いのパニエを着ていった日は、更衣室で先輩にお見せしたこともあります。いまも服は、日本のものも、海外のものも着ます。値段では選びません。形と、つくった人が何を考えたか。そこを見ています。」
Q.19どんな本を読みますか。
「事務所は、本だらけです。東アジアの歴史と文化、顔の文化。いまは、マリア・テレジアと娘のマリー・アントワネットの往復書簡を読んでいます。遠いウィーンから、母は娘の振る舞いも装いも見抜いていた。学ぶところが、たくさんあります。」
Q.20朝いちばんに、することは。
「おいしいお煎茶を飲みます。大江橋クリニックを始めてから、宇治のお茶を教えていただいて、それからずっと、自分で取り寄せています。朝、そのお茶を飲むと、思うんです。支えられているな、って。」
支えられているな、
って。
Q.21最近、手放したものは。
「自分に対する興味、でしょうか。最近、患者様が、皮膚科医としてではなく、私という一人の人間を見てくださっているのが、伝わってくるようになりました。自分のことは、あまり気にしていないんです。よく、観光客の方に道を聞かれたり、写真を頼まれたりします。傑作だったのは、海外で、日本語で道を聞かれたとき。話し方で、関西の方だとすぐわかったので、現地の地図を読んで、ここですよ、と関西弁で答えたんです。そうしたら、最後の最後になって『え、日本の方ですか?』って。そのときのお顔が、また可笑しくて。どれだけ関西弁の上手な外国人だと思われていたんでしょうね。しかも、海外で。よその国の道を、どれだけ我が物顔で歩いていたんでしょうね。それくらい、人の目が気にならないんです。」
Q.22好きな季節は。
「全部です。日本には、四季がありますよね。春が来たと思ったら、もう夏。立ち止まって、ゆっくり考えたことはないんですけど。ここは、芭蕉に賛成です。深く知れば知るほど、もっとよくなる。去年の春より、今年の春のほうが、しみ入る。季節を重ねていくから、全部いいんです。それぞれに。」
去年の春より、
今年の春。
VI ANIMA
芯
Q.23大切にしている考えは。
「伝統は、守るものではない、ということ。いま、この瞬間に、自分の中を通してつくるものだと思っています。岡本太郎の考えですね。昨日までの自分のやり方も、もっと良いものが見えたら、蹴飛ばします。自分に妥協してはいけない。一度自分を壊して、組み直したほうがいいものになるに、決まっていますから。」
Q.24十年後の自分に、ひとこと。
「考えたこともないんです。患者様の顔の十年後は、毎日あんなに見ているのに、おかしいですね。自分のことは、今日を全部使い切れたら、それでいい。本当に生きるって、そういうことだと思うんです。」
今日を、
全部使い切る。
Q.25最後に、ひとこと。
「サローネで、お待ちしています。肌の話でも、そうでない話でも。」
POSTSCRIPT
外はパリ。
中は、岡本太郎。